つい最近、ふと自分の今までを振り返ってみました。
一つ言えるのは、今まで何不自由なく今日まで過ごしてきたこと。
あたたかい家庭に五体満足で産まれ、愛情いっぱいに育てられ、自分のやりたいことはほとんどなんでもやらせてもらって、人間関係に恵まれ、これは両親をはじめ私を取り巻く全ての人のおかげだととても嬉しい限りです。
決して甘やかされたのではなく、これは両親の愛情であると私は考えています。
きっと色々なことがあったはずなのに、なぜか幸せなことしか覚えていない。
スイミングを習いはじめた保育園。
バスケットやソフトボール、女子サッカーをはじめ、いつも外で遊びまくってた小学生。
中学受験をするために、個人塾へ通い、両親は忙しく働きながらも毎日送り迎えをしてくれたり、夜のお夜食を作ってくれたり、サポートしてくれたかいもあって中学受験合格。
ベレー帽をかぶり、重いバッグを持って学園バスにのって約一時間かけて通った中学と高校の6年間。
バスケットにのめりこんだのもこのときからでした。
両親も仕事で忙しい中で、全てにおいてサポートし続けてくれました。怪我が絶えなかったので夜いつも私は部活の後に、ママは仕事の後に接骨院に連れて行ってくれました。
試合があると試合も見にきてくれたり、差し入れをしてくれたり、とっても嬉しかったのを良く覚えています。毎日朝練があったので朝早くからお弁当を作り、駅まで車で送ってくれました。
高校2年生だったかな。膝を怪我して、バスケを辞めるか、続けるならば手術をしなければいけないと病院の先生に言われたこともありました。その頃私はバスケットをするために体育大学に入りたかったのですが、両親は猛反対。私の力では通用しないと、他の道を色々考えてくれました。・・・・・がバスケットにはまっていた私は、視野がとても狭く他のことを考えることが全くできず、頑固な私は、親の反対をよそに滑り止めなしで体育大学一本に絞ってました。手術することも最初両親は、しなくていいといっていましたが、結果的に手術をさせてくれました。家からすごく離れた病院に入院し、それでもいつも会社が終わったあと、片道一時間はかかる道のりを、お見舞いに来てくれました。病院のご飯が美味しくなかったからお弁当を作ってきてもくれました。
体育大学は猛勉強をしたものの結果全敗。あの時はノイローゼになりそうでした(笑)
それでも両親は、私に手術をさせてくれたし、大学も最後まで受験させてくれて、応援してくれ、サポートしてくれました。
今思えば、両親の言っていたことは間違ってなかったと分かります。
でも、あの時自分の目標するために必死に努力したこと、一生懸命取り組んだこと。両親がいたからこそできたことです。
頑張ったってだめなことはあるんだなぁと、一時期神様なんていないんだと思ったこともあったけど、今思えばこれも一つの自分の道であったと、決して無駄でもなかったし、あの頃があったから今があるんだと思うことができます。
「努力は人を裏切らない」「決して諦めないこと」 私の大好きな言葉であります。
大学受験不合格だったため、栄養士などの資格をとる短大へ入学。複雑な気持ちで入学したものの、結果たくさんの友達ができて、大切な人とも出会えて、これは運命だったんだとそう思い込んでます(笑)
それから大学へ編入し、経営・経済・マーケティングを勉強し、オーストラリアに留学した大学生。一生の思い出でもあります。
そして東京で就職。きっと実家のそばで働いて欲しかったに違いない両親の気持ちは嫌なほど分かってます。
私の両親は、正しい考えをいつも私に伝えてくれます。それが私の考え方とたとえ違っていたとしても、決して私の意見を否定するのではなく、正しいことを教えてくれたあとは私の意見も尊重してくれます。そしていつでも応援してくれます。
私は本当に私は幸せだと心からそう思います。
色々な事件が起こるこの世の中で、子供は親を選べないってよく聞くけれど、私はもし自分に選ぶことができる権利があったとしても、この家庭に生まれたいと思うし、パパとママの子でいたいと思うな。
私はまだ何も親孝行ができてないけど、健康で、元気で、今自分ができることを精一杯やること、がまず親孝行の基本ではないかなと思います。
そしていつか自分の大好きな人と結婚して、幸せな家庭を築き、孫の顔をみせてあげたいなと思います。そして自分が育ってきたように子供を育て、自分が育ってきたような環境の温かい家庭を作りたいっす。
親ってすごいですよね。本当、そう思います。
たまには昔を振り返ってみるのもいいものですよ☆
最近のコメント